ゲストブック(掲示板)

この掲示板は荒らし対策用になっています。 管理者が許可した後に表示されます。
なまえ
メールアドレス
タイトル
本文  アドレスをリンクする  〔 画像の添付と削除
パスワード     なまえ等を保存

148件中5660 (ページNo.12)      ホームページに戻る

画像の使用について 
湖衣 6/17(火) 17:40:32 No.20140618165756 返信 削除
はじめまして。
個人ブログをしております湖衣と申します。

現在、知人のご家族についての記事を書いており、
お祖父様が戦前、ハルピンの領事館警察をされていたとのことで、
貴サイトの【最近のハルピン〜大日本帝国領事館】の画像を
使用いたしたいと思っております。
よろしくお願いします。
湖衣
http://koi127aqua.net/

1.  けい     6/18(水) 16:57:56 No.20140618165756-1 削除
こんにちは どうぞご使用下さい

画像使用許諾につきまして 
株式会社晋遊舎 6/9(月) 23:20:20 No.20140616065109 返信 削除
初めて投稿申し上げます。出版社・晋遊舎の澤崎と申します。
画像使用についての案内を拝見し、書き込みをしています。

今月26日発売予定の小社のムック『日本の軍歌』向けに、
「志願兵を送る歌」のレコード盤面の画像を使用させていただきたく
ゲストブックに書き込みをさせていただきました。

このような貴重な資料を数多く公開しているサイトの存在を初めて知り、大変驚くととも、
労苦もあるなか運営を続けて下さいありがたく思います。
何卒よろしくお願いいたします。

1.  けい     6/16(月) 06:51:09 No.20140616065109-1 削除
こんにちは この画像を使った記事は投稿です。

わたしの書いた記事の画像は自由使用を認めていますが投稿の
記事は各々の作者に権利があり、転載許可が必要です。
ご使用はお待ちください。

絶影島と瀛仙町の地図を探しています 
佐川麻衣 5/31(土) 14:13:20 No.20140606202415 返信 削除
けい様

突然の書き込み失礼いたします。
戦前〜戦中の釜山の地図を探しております。
特に、1900年代の絶影島や1930年代〜40年代の瀛仙町の地図をご存知でしたらお教え願えないでしょうか。
また、貴HPで紹介されていた南浜町の地図(http://nekonote.jp/korea/old/fukei/naka/nmp/map05.html)の資料名や所蔵図書館を教えていただけたら幸いです。

親戚が戦前から戦中にかけて釜山にいたらしいということがわかり、調べております。
お忙しいところ恐縮ですが、何卒よろしくお願い申し上げます。

1.  けい     6/5(木) 12:59:41 No.20140606202415-1 削除
佐川さま
こんにちは ご親戚が瀛仙町にお住まいだった場所は番地が
分かれば特定できる可能性があります。
どのようなお仕事をされていたのか分かりますか?

お問い合わせの地図は韓国で復刻版が出たので
販売できます。下記をご覧下さい。
http://nekonote.jp/shop/book/map-kindai.html

福岡市立図書館にあるので閲覧やコピーも出来ます。

瀛仙町は戦中に汐見町、御影町、岬町、山手町、港町の5つに
分離しました。


2.  佐川麻衣     6/6(金) 09:33:26 No.20140606202415-2 削除
けい様

早速お返事いただきましてありがとうございます。
何分古いことですので、何をしていたのか、詳しいことはわからないのです。
釜山にいた親戚の息子や娘がまだ元気でおりますので、当時の地図を見せれば何か手がかりになるのではないかと思い、質問させていただきました。

福岡市の図書館にあるということですが、資料名はおわかりでしょうか。
遠方に住んでおりますので、インターネットの蔵書検索をしてみたのですが、思いつくキーワードではひっかかりませんでした。
資料名を教えていただけましたら幸いです。
何度も申し訳ございません。
よろしくお願いいたします。


3.  けい     6/6(金) 10:51:59 No.20140606202415-3 削除
[釜山近代歴史地図集]です。28枚の地図がセットになっていて、
No-25で瀛仙町の番地がわかります。


4.  佐川麻衣     6/6(金) 20:24:15 No.20140606202415-4 削除
けい様

ありがとうございました。
探してみます。

dairoku kokuminn gakko 
toyoshima tadashi 4/16(水) 12:46:10 No.20140417224011 返信 削除
1944 nyuugaku 1945/9 2nenn de hikiage



1.  けい     4/17(木) 22:40:11 No.20140417224011-1 削除
土城町にあった第六小学校(国民学校)ですね
引揚、ご苦労様です。当時の釜山の様子などメールで
お聞かせいただけると嬉しいです。

釜山駅(釜山停車場)の画像を使わせて頂けないでしょうか 
津田三朗 2/27(木) 16:20:31 No.20140301233314 返信 削除
突然失礼いたします。
福岡で、日韓(釜山、福岡)の交流プロジェクトで空間デザインをさせていただいております津田三朗と申します。
プロジェクトのPRのため戦前の辰野金吾の建築(旧日本生命保険九州支社と釜山停車場)を題材にコラム(Web上で)を書かせていただきました。その際に写真資料として、貴サイトに収録されている絵はがきの釜山駅2又は3(昭和初期)を使用させていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか、お許しいただけると幸いです。
また、コラムの公開に際して、貴サイトへのリンクを張らせていただけないかとも思います。この点もいかがでしょうか、ご検討下さいますようお願いいたします。

以下は、コラム本文(原稿)
「二つの建物、七つの物語」
 福岡と釜山、海を越えて明治の建築家辰野金吾の作品がある。
福岡は現存する赤煉瓦文化会館(福岡文学館、旧日本生命保険九州支店)、そして釜山は釜山停車場(京釜線)。1953年の11月、釜山駅一体の大火事で焼失してしまったが、現在の釜山港国際ターミナル近く、釜山港釜山貿易会館があるところに建っていた。
 釜山停車場は明治41年に、日本生命保険九州支店は明治42年と相次いでの完成。特に釜山停車場は当時の駅舎建築では、韓国のみならず日本を含め最大のものだったと言う。
ソウルに現存する韓国銀行貨幣金融博物館(旧朝鮮銀行本店)も彼の手によるものだが、釜山停車場と旧日本生命保険九州支店は、メランコリックな丸ドーム屋根を持った展望室が共通している。おそらくその窓からは、通りを行き交う人々とさほど離れていない海が見渡せたに違いない。
  今回のプロジェクトでは、福岡と釜山双方の様々な人達が語る、それぞれの年代記が下敷きとなっている。インタビューで集められた様々な記憶や夢、主張や物語を再構成し、7つの物語、小さな冊子「本」の体裁にまとめてみた。
 通常、展示はその展示のためになんだかの空間性を持つものだが、今回は展示のための空間性を排し、現実とは別の世界に入り込むことができる「本」物語の中へと展開できないだろうかと考えた。つまり読者である皆さんひとりひとりの中に物語の風景ができ上がってくれないだろうかと思う。
 小さな棚から「本」を持ち出し部屋へと入る。木格子の窓際や暖炉の傍ら、八角形の小室に海が見える会議室の円卓、好きなところでその「本」を開く。
その短いモノローグや詩のような物語を読むつかの間に、窓から見える風景や人が行き交う雑踏の音が、百数年の時間や二百十qの場所がすり替えたりはしないだろうか。
 空と海、二つの国と二つの街、今を生きる様々な立場や職業、世代の人々が織りなす風景が広がって、行き交う人々の息づかいが感じられないだろうか。
以上です。
よろしくお願いいたします。

1.  けい     3/1(土) 23:33:14 No.20140301233314-1 削除
こんにちは 画像はご自由にお使いください。
リンクは歓迎です。よろしくお付き合いください。

現在 釜山府本町(釜山広域市中区東光洞)の全家屋の特定作業を
行っている最中なのでWEBの更新が停滞しています。
資料分析は時間がかかるので気長に楽しみながら動いています。


[ 1 .. 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 .. 30 ]  次へ

管理 (5) Powerd by CGI RESCUE