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dairoku kokuminn gakko | |
toyoshima tadashi | 4/16(水) 12:46:10 No.20140417224011 返信 削除 |
1944 nyuugaku 1945/9 2nenn de hikiage |
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釜山駅(釜山停車場)の画像を使わせて頂けないでしょうか | |
津田三朗 | 2/27(木) 16:20:31 No.20140301233314 返信 削除 |
突然失礼いたします。 福岡で、日韓(釜山、福岡)の交流プロジェクトで空間デザインをさせていただいております津田三朗と申します。 プロジェクトのPRのため戦前の辰野金吾の建築(旧日本生命保険九州支社と釜山停車場)を題材にコラム(Web上で)を書かせていただきました。その際に写真資料として、貴サイトに収録されている絵はがきの釜山駅2又は3(昭和初期)を使用させていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか、お許しいただけると幸いです。 また、コラムの公開に際して、貴サイトへのリンクを張らせていただけないかとも思います。この点もいかがでしょうか、ご検討下さいますようお願いいたします。 以下は、コラム本文(原稿) 「二つの建物、七つの物語」 福岡と釜山、海を越えて明治の建築家辰野金吾の作品がある。 福岡は現存する赤煉瓦文化会館(福岡文学館、旧日本生命保険九州支店)、そして釜山は釜山停車場(京釜線)。1953年の11月、釜山駅一体の大火事で焼失してしまったが、現在の釜山港国際ターミナル近く、釜山港釜山貿易会館があるところに建っていた。 釜山停車場は明治41年に、日本生命保険九州支店は明治42年と相次いでの完成。特に釜山停車場は当時の駅舎建築では、韓国のみならず日本を含め最大のものだったと言う。 ソウルに現存する韓国銀行貨幣金融博物館(旧朝鮮銀行本店)も彼の手によるものだが、釜山停車場と旧日本生命保険九州支店は、メランコリックな丸ドーム屋根を持った展望室が共通している。おそらくその窓からは、通りを行き交う人々とさほど離れていない海が見渡せたに違いない。 今回のプロジェクトでは、福岡と釜山双方の様々な人達が語る、それぞれの年代記が下敷きとなっている。インタビューで集められた様々な記憶や夢、主張や物語を再構成し、7つの物語、小さな冊子「本」の体裁にまとめてみた。 通常、展示はその展示のためになんだかの空間性を持つものだが、今回は展示のための空間性を排し、現実とは別の世界に入り込むことができる「本」物語の中へと展開できないだろうかと考えた。つまり読者である皆さんひとりひとりの中に物語の風景ができ上がってくれないだろうかと思う。 小さな棚から「本」を持ち出し部屋へと入る。木格子の窓際や暖炉の傍ら、八角形の小室に海が見える会議室の円卓、好きなところでその「本」を開く。 その短いモノローグや詩のような物語を読むつかの間に、窓から見える風景や人が行き交う雑踏の音が、百数年の時間や二百十qの場所がすり替えたりはしないだろうか。 空と海、二つの国と二つの街、今を生きる様々な立場や職業、世代の人々が織りなす風景が広がって、行き交う人々の息づかいが感じられないだろうか。 以上です。 よろしくお願いいたします。 |
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丸二商会のその後 | |
栗山 民毅 | 12/18(水) 19:54:02 No.20131221085504 返信 削除 |
丸二商会代表の江頭 静氏は韓国で大成功されました。 終戦直前に軍に召集されたとき、全財産を鄭 海永氏に委託し その後、無一文で日本の九州に引きあげました。 戦後、丸二商会を再興し石炭と海運事業により再び大成功しました。 1980(昭和55)年70歳で江頭静 氏は永眠されましたが、丸二商会は3代目となり、今日も健在です。 生前、江頭静 氏に恩顧になり、江頭氏を私は師と仰ぐ者です。 東京にて、私は会社を経営しています。 鄭海永氏は国会議員となり、1967(昭和42年)当時 新民党政策委員長となりました。この時、鄭氏の記事が韓国日報に掲載され、その記事を私は持っています。 終戦後も親交がありました。 |
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返信有難うございます | |
ゴードン則子 | 12/1(日) 20:59:44 No.20131214220106 返信 削除 |
けいさま 返信有難うございます。 私は来年の夏に日本行きを計画していますので、その時にでもお会いできたらと願っています。もし、韓国にその足跡でも残っているようでしたら韓国までも出向きたいとも考えています。色々とご教授宜しくお願いします。 |
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画像を使用させていただきました | |
針原崇志 | 12/10(火) 13:24:02 No.20131214150609 返信 削除 |
先日写真の使用許可願いのメールをさせていただきましたが、こちらにコメントを載せたらよかったのですね。 タイトルの通り、私のページの中で写真を使用させていただきました。 また、写真以外にも貴重な資料も数多く載せられており、ぜひいろんな方にこのホームページを見ていただきたいと思い、私のページからこのページへリンクを貼らせていただきました。 もしご異議がございましたら、すぐに削除いたします。 http://www.nipponwomamorukai.jp/syutyou/harihara_takayuki/nihontoutijidai_no_tyousennokyoukasyo.html |
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