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Home > 街角の風景 > 釜山広域市東区 > 草梁洞清国領事館 (中華民国領事館)
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釜山の外国人居留地の北側の草梁地区に
明治17年(1884)清国租界が造らて 清国の
商人達が住み始めました。この地図は明治34年の日本で作られた地図
なので当時の呼称である支那居留地と記さ
れています。
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明治後期の草梁の風景を撮った絵葉書です。
(名護屋城博物館所蔵)領事館が出来るまでは商務公署が清国租界の
行政を見ていました。居留地時代の在韓実業家名鑑の広告です。
釜山清国居留地内の住所の記録は少ないので
貴重な資料です。「清国祖界」ではなく「清商祖界」と住所に
あるので、そのように呼ばれていたのでしょう。
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明治34年(1901)清国理事府が置かれて
明治35年(1902)に清国との通商の保護を
図る為に釜山清国領事館が創られました。日韓併合後は租借地はなくなり行政区は
草梁町ですが、そのまま支那町と通常は
呼んでいたようです。その後 大正元年に満州民族の清国が倒れて
漢民族の中華民国の成立で国名が代わったので
「中華民国領事館」になりました。
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昭和10年ごろの釜山観光地図です。
真ん中に黄色で「支那領事館」と記されて
います。現在のこの場所は釜山華僑協会と華僑学校に
なっています。
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釜山駅の向かい側から山裾までの草梁は今でも
多くの華僑が住んでいます。中華料理店や中国風の門、華僑学校などがあり
上海街と呼ばれています。釜山駅のすぐ側なので中華街の散歩も良いでしょう。
但し 夜間は避けたほうが無難です。
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