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大邱駅の前の大道路のすぐ後ろに朝鮮時代の
大邱 を囲む城壁がありました。小さかった大邱を発展させる為に城壁を壊して
新しい道路を作ったのです。今回は その道路を一回りすることにします。
5回に分けて今回は3回目です。
大邱駅の側を南北に 走る中央路を渡った
所から始まる南側の道 (南城路)を散歩した
様子を ご紹介します。 。
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ファーストフードや映画館、デパート
などが並ぶ繁華街の東城路は中央路で終わり
道を渡ると 漢方薬の匂いがあたりをたちこめ
雰囲気が一変します。薬令市と呼ばれ、朝鮮時代から全国的な大きな
漢方薬の市が大邱で開かれたので漢方薬の店が
現在も多いのです。
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両側の店の殆どが漢方薬の店または漢方
病院です。漢方薬の市場は年2回の市の日には全国から
売り買いの人が多く集まる場所で宿泊する
人達の宿や食事などでも賑わったのです。
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城壁があるときは内側に市が開く場所が
あったのですが 城壁が撤去されると
この付近で漢方薬の市がたつように
なりました。
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ハングルが読めると分かりますがすべて
漢方薬の店です。そして看板で屋根が見えませんが 平屋や
2階建てまでの建物は日本統治時代からの
古い家屋が多いのです。
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敷石で舗装された道なのでアスファルトの
道より、漢方の街を引き立てるようです。
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この付近に 大邱の正門だった嶺南門が
たっていました。この道が昔の大邱の中央の道でした。
後ろが城内です。
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城壁跡の道路なので右にゆっくりしたカーブ
です。右が城内で左が城外です。
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漢方薬の店を近くから撮ってみました。
いろいろな漢方薬や朝鮮人参などの生薬が
店内に積まれているのがわかります。
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影の長さで朝だと分かると思います。
漢方薬を朝から買い求める人は少ない
のでしょう。人はまばらです。右手に路地があって建物の横が見えます。
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この建物も日本家屋風なので撮って置きました。
この付近は古い家屋が散在していて面白いです。
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看板の上に出た部分にカバーしてありますが
これも日本家屋でしょう
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これも日本家屋でしょう
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これも日本家屋でしょう
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同じ場所から視点を中央に戻します。
道が右にカーブしています。
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これは漢方の病院です。増築した雰囲気です。
上下のデザインが異なる時 日本家屋に増築した
場合が多いのです。そして角に玄関を作るのも大正から昭和初期の
流行なのです
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明治の頃に立てられた第一教会の尖塔です。
戦前の名前は「南城教会」です。大邱にはわりと古いカソリック系の教会が
残っています。教会の横に漢方薬の博物館である
「大邱薬令市展示館」があります。展示館の敷地内に観光案内所があって、そこで
大邱の日本語版の地図をもらったり観光の案内を
問い合わせすることができます。
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教会の隣の建物はレンガ造りなので
これも 日本時代の古い家屋でしょう。
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その隣の建物も古い雰囲気です。
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そろそろ薬令市の道も終わりです。
大邱駅からいちばん遠い反対側に
来ました
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視点を中央に戻します。
薬令西門が見えます。
そこが終点になります。
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薬令西門の拡大です。
前の道は西城路です。
次回はこの道を北上します。