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立石良雄住宅
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釜山商工会議所の会頭を昭和16年に
亡くなるまで勤めた、釜山財界で著名な
立石良雄の住宅は旧ソラボルホテルの
裏道に あります。偶然 そこを通ると普段は固く閉ざされて
いる門が開いています。現在の住民が車で帰ってきたばかりの様子
でした。良い機会なので中の撮影許可を
求めました。(2007/02撮影)
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新築当時の立石良雄住宅です。
右の洋館と左の和風の二棟が建られました。
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現在の様子です。
右の洋館はそのままで使われていて
左の和風の家は建替えられた様子です。
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立石良雄は明治44年 釜山に渡り、釜山府富平町
3丁目に家を借りて 松尾商店釜山支店を開いて
ロウソクの販売を始めたのが最初です。その後 独立して本町に 立石商会を作り、釜山の
自動車、燃料精製工業の創設者として成功
しました。終の棲家として釜山のこの場所を選定し、家を
建てたのは昭和の始めです。
敗戦で日本人がすべての財産を残して帰国する
混乱を見る前の昭和16年に亡くなっています。
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「南星女子 高等学校」に上がる階段から撮って見ました。
学校の戦前の名は戦前は三島女子高等実習学校 でした。
蔵のあるりっぱな建物だとわかります。
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敷地内から撮った蔵の入り口付近
庭木が邪魔で綺麗に撮れないのはしかたないです。
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敷地内から撮った蔵の横窓
(2007/02撮影)
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母屋は温突の煙突がいくつも立つ洋館です。
「石油と海運の三代記」という本の中があり、
立石良雄の孫の立石信義が書いたものです。その中で母屋は洋館だったので米軍に接収
されたと書いてあります。米軍将校が使った後、金持ちの家を貰った
現在の住民も多分 金持ちだと思います。塀には厳重に尖った鉄を埋め込んで囲っています。
(2007/02撮影)
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