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戦前の朝鮮流行歌レコード

『南仁樹傑作集』


     

SPレコード 『南仁樹傑作集』(オーケー31000/南仁樹・轟夕起子)  

  日本統治時代にテイチク系列のオーケーレコードの人気歌手だった南仁樹は、当時から多くのヒット曲を出していた。現代の韓国においても南は「歌謡皇帝」と称され、彼の大ヒット曲は今なお大衆にうたい継がれているようだ。

南仁樹は本名を姜文秀といい、少年時代に内地(日本)に渡り、埼玉県の電球工場で働いていたという(朴燦鎬著『韓国歌謡史』)。その後、歌手を志した姜は朝鮮に戻り、朝鮮のシエロンレコードを経て昭和11年にオーケーレコードに入社。歌手名を南仁樹に改め、昭和13年に発売した『哀愁の小夜曲』が大ヒットした。その後(昭和15年頃)に発売されたのが、この『南仁樹傑作集』(オーケー/31000)。傑作集というオムニバス盤を出すほど、当時すでに人気が高かったということだろう。

この種のオムニバス歌謡盤は1面に数曲を盛り込み、曲の合間に映画説明者や歌手が次にうたう曲を紹介する形式が多い。『南仁樹傑作集』ではそうした形式ではなくドラマ仕立てとなっており、登場人物の会話の合間に、南の持ち歌が流れるといった趣向になっている。構成はオーケー文芸部の江牧、作編曲は名作曲家・朴是春。

ドラマの登場人物は南仁樹と、当時テイチク専属歌手だった映画女優・轟夕起子。上海で偶然再会した二人の男女(南・轟)が、よりを戻していく内容(なんとも下品な言い方だが)の設定であるものの、「南さん」、「夕起子さん」と互いに実際の歌手名で呼び合っている。レーベルには「独唱 南仁樹」、「台詞 轟夕起子」とあるのだが、歌唱者の南も轟とともに台詞を喋っている。二人の会話はすべて日本語で、南は上手に日本語を話している。

それでは、以下、聴き取りで内容を紹介する。

『南仁樹傑作集』(上)A面

(轟)=懐かしの上海、霧に潤む涙の上海、恋も嘆きも、ひとつるつぼに溶けていく港上海、おお、魅惑の都、霧の上海
(南歌唱)=『霧の上海』(朝鮮語)

(轟)=まあ、南(みなみ)さん、お久しぶりね。
(南)=あ、夕起子(ゆきこ)さん。
(轟)=お別れしてからもう2年になりますわ。長いようで短い月日、そして、この上海での思いがけない巡り合わせ。貴方とお別れした夜、貴方がお歌いになった哀愁のセレナーデ、あの懐かしい歌を歌って下さいな。
(南歌唱)=『哀愁の小夜曲』(朝鮮語)

(轟)=思い出すわ、あの頃のことを。私は貴方が好きだった。でも、貴方には美しい愛人があった わ。私はあの方の幸福を祈って、黙って上海に来ました。身を引くのは辛かったけれど、これが女の取るべき正しい道だと思ってあきらめましたわ。で、いまあの方もご一緒に上海へ?
(南)=いや、別れて一人なんです。
(轟)=まあ、お別れになって。
(南歌唱)=『不明曲』(朝鮮語)

『南仁樹傑作集』(下) B面

(轟)=まあ、お気の毒に。さぞお淋しいでしょうね。あの頃の町から町へそよ風に乗って若人の心を揺り動かした、貴方の感激時代のメロディが聞こえますわ。
(南歌唱)=『感激時代』(朝鮮語)
(轟)=それなのに、貴方は今一人ぼっちなのね。貴方のようないい方を悲しませるなんて、あの方もひどいわ。
(南)=ありがとう。僕はあの時が本当に苦しかった。しかし、苦しさに負けたくはなかった。それで上海に来たんです。成功するまで石にかじりついても、この上海で生き抜いてみようと思っているんです。
(南歌唱)=『不明曲』(朝鮮語)
(轟)=私は貴方に会えて嬉しいの。貴方に笑われるかもしれないけれど、新しい運命が開けるような気がして、涙が出るほど嬉しいの。ねぇ、南さん。あの哀愁のセレナーデをもう一度歌って下さいな。あの日の思い出を繰り返したいの。そして、貴方と一緒に新しい花咲く人生を歩いていきたいの。
(南)=夕起子さん。
(轟)=南さん。
(南)=一緒に歌いましょう。
(轟)=ええ、歌いますわ。
(南・轟歌唱)=『哀愁の小夜曲』(日本語)
青い月夜の 園に来て
歌う涙の セレナーデ
今宵夢見る 青春の
甘く悲しき 薔薇の花

オーケー12080/南仁樹『哀愁の小夜曲』http://nekonote.jp/toko/fal/17.html

轟夕起子は南仁樹のことを、日本語の訓読みで「みなみ」さんと呼んでいる。音読みの「なん」さんや、朝鮮語読みの「ナム」さんとは呼んでいない。さらに、レコードB面の最後には南と轟がデュエットし、日本語で『哀愁の小夜曲』を合唱している。南と轟の日本語によるデュエットはこのレコードの大きな特色といえよう。

『南仁樹傑作集』が発売された支那事変下には、『上海ブルース』(ディック・ミネ歌唱、テイチク=昭和13年)や、『上海の街角で』(東海林太郎歌唱、佐野周二台詞、ポリドール=同年)のヒット曲に代表されるように、時局を反映し大陸、とりわけ西洋文化の洗礼を受けたエキゾチックな都市・上海や、満州のハルビンを舞台にした流行歌が作られた。南仁樹も『霧の上海』という曲を出していたので、上海をドラマの舞台に設定したのだろう。

(平成27年2月22日稿)

ふろあ


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