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釜山婦人会(明治34年)

明治34年2月 釜山の西町1丁目にある 東本願寺別院境内にて催された婦人会の記念撮影。

前列左から6人目が婦人会長の能勢ぎん子(能勢辰五郎領事夫人)

釜山婦人会は明治26年の設立で、明治32年に能勢ぎん子女史が会長になると活動的になりました。
彼女が転勤で去ったあと停滞がでましたが 迫間つち恵女史が会長となり面目を一新しました。

その後も吉見婦人、手島夫人、浅谷夫人、木本夫人らが委員となって北進事変の慈善救済、日清、日露
戦役の戦死遺族の弔問金を送るなど活動を続けました。

明治37年 女子教育事業を計画、女学校を寶水町に建設「 成錦會」と称しました。
この女学校は明治39年  釜山高等所女学校の開校によって明治40年閉校

明治38年 愛国婦人会を提唱して各地で講演活動をしていた奥村五百子女史が来釜、釜山の講演会の後
趣旨に賛同し釜山婦人会を愛国婦人会に改称する事になり、明治39年10月 愛国婦人会韓国委員会本部
(京城)の所属になりました。

画像は新釜山大観(昭和9年)より: 果川市の太虚さま提供


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