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亀浦倭城
釜山広域市北区の徳川第二洞に昔の日本の
城跡が残っています。豊臣秀吉の文禄・慶長の役の時 洛東江を
挟んで対岸の金海城と対で補給路を確保する
ため作られました。
門や建築物は存在しませんが石垣は残っている
ので 大体の様子がわかります。この配置図は簡単なスケッチで、本来の石垣は
直線です。 灰色は石垣、緑は斜面です
釜山地下鉄2号線の 徳川駅を降りて亀浦倭城の
ある丘の側まで歩いてきました。城跡入口の案内がないので通りかかった学生に
尋ねるとこの斜面の上にあるけど入ったことが
無いので知らないと言うのです。適当に斜面を登ると松林の奥に本丸の石垣が
見えてきました。(2005/04撮影)
石垣に突き当たっても仕方ないので平行に歩くと
城に向かう通路がありました。
本丸の石垣を左に見て三の丸に入ります。
三の丸から二の丸を見た所。
左に本丸に上がる斜面があります。
当時は階段だったと思われます看板には ここは史跡に指定してるので
耕作したり、改変してはてはいけないと書いてあります。ここも勝手に耕作する人が多いようです。
本丸です。
東側の展望が開けています。
左は本丸右は二の丸。
間から南側にも降りる通路があるようです。
二の丸と通路の石垣をアップで撮ってみました。
二の丸の奥に進みます。
展望が開けていて 要所だというのが良くわかります。
西の洛東江を方向の展望です
かなりの急斜面になっているようです。
南側、写真では写っていませんが 海が見えます。
亀浦市場や市街地はこの方角です。
韓国式の墓である土饅頭が2個並んでいました。
花が新しいので最近参拝に来たのだと思います。
文化財内に平気で埋葬するのが面白いものです。
本丸から三の丸を見たところです。
全部が畑になっています。
三の丸の石垣です。
横を抜けて簡易砦または見張り台と思われる方向に
向かいます。
斜面の下には寺院がありました。
平野に出て 釜山地下鉄2号線「水亭駅」に向かう
途中の交差点で振り返って亀浦倭城の全景を
撮りました。松林の中に昔の日本の城跡があることはまったく
判りません。
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