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子城台(釜山鎮支城)
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釜山の李朝時代の中心は東莱で、この城は
東莱の 支城であることからこの名前になった
そうです。文禄・慶長の役で指揮を執った小西行長が
築いた 石垣があることから戦前は「小西城」と
呼ばれていました。西門は当時からあったものではなく新たに
公園の門と して作られたものです。
昔あった場所もここではありません。
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瓦越しに見える 釜山港のコンテナや
林立するクレーンが海を感じさせてくれます。今では埋立で遠くなってしまった海岸ですが
当時この城の近くまで浪が打ち寄せて来て
いました。
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東門、これも新たに作られたものです
城の周りは散歩コースで鉄棒やベンチなどが
ありジョギングなどの運動を楽しむ人たちが
集まっています。日本軍が撤退した後 ここに釜山鎭僉使営が
置かれて軍事拠点になったといわれています。
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坂を上がると木々の間から石垣が見えます
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しっかりとした城壁が当時のまま残っています。
数100年前の豊臣秀吉の時代の物とは思えないほどです。
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天守閣の位置には春を感じさせる
連翹(レンギョウ)の花が咲き鎮南台がと言う建物が立てられています。
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北口に抜けて帰るところです
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北口は簡単な看板だけの入口です。
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釜山鎮市場の横断陸橋の上から城山を撮ってみました。
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