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官立済生医院2

 
官立済生医院

海軍大軍医の矢野義徹が釜山に医院設置を求めて
明治11年9月官立済生医院が創設になりました。

明治13年 龍頭山の麓の弁天町に医院を新築し移転
することができました。

創設者の矢野は移転の前に帰国転勤になり、後任と
海軍軍医の戸塚積斎、松前穣、加治木敬介らが院長
として就任しました。
旧 ロイヤルホテル

現在の様子です。
官立済生医院の設置場所は「旧 ロイヤルホテル」の
建物のあった所です。

ホテルは現在廃業中なので 名前が代わることが
ほぼ確実です。(2005/11撮影)

旧住所:釜山港弁天町三丁目(居留地時代)
旧住所:釜山府弁天町二丁目2(大正)
現住所:釜山広域市中区光復洞2街2


理由は不明ですが 明治16年4月から海軍は引揚げ
医院経営を 陸軍が引き継ぐ事になりました。

陸軍軍医の最初は小池正直

釜山の居留民が増えてきたので経営を釜山居留民団に任せる時期が来たとして
明治18年9月30日 官立済生医院は廃止になりました。
建物や医療資材をすべて釜山共立病院が引き継ぐことになりました。


病院変革

戦前

官立済生病院(琴平町) -->官立済生病院(弁天町) -->釜山共立病院 -->釜山公立病院
釜山居留民団立病院 -->釜山府立病院 -->釜山府立病院(谷町)
戦後
釜山府立病院---->釜山市立病院
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