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松井旅館
GMPビル

 
松井旅館

松井旅館は長崎県対馬巌原町の松井幸次郎が
明治8年に渡鮮して釜山の幸町3丁目(思案橋)に
米穀商 兼 旅人宿を開いたのが始まりです。
釜山の開港前の開店なので釜山で最も古い旅館
です。

海岸だった北濱埋立地が完成し、 釜山郵便局
建築された 後の 大正元年松井旅館も道向かいの
埋立新町に 建坪140坪の大建築で移転して来ました。

明治13年に生まれた息子の松井栄太郎は大正8年に
時計部を設置し時計の販売も始めました。
大正12年ごろ松井幸次郎が亡くなると旅館の跡を
継ぎました。

画像出典:釜山要覧:釜山商業会議所:大正元年
所蔵:近代デジタルライブラリー:YD5-H-326-37:225コマ
松井旅館

昭和2年6月には4層の大増築が完成、全客室に
電話を設置、朝風呂もできる設備があり人気が
あったようです。

旧住所
0:海
1:明治41年以後:釜山府埋立新町
2:昭和2年以後:釜山府大倉町2丁目5
電話:80番

(釜山日報:昭和2年6月)
松井旅館/釜山食堂

絵葉書で周辺の様子をご覧下さい。

大倉通りの路面電車の線路は昭和9年に移転したので
それ以前の撮影です。

1953年の大火でこの付近は焼野が原になり、
釜山郵便局をはじめすべてが消えました。
GMP

松井旅館があった場所の現在の姿です。

上の絵葉書の写真と同じ方向から松井旅館
部分を拡大した構図です。

角の雑居ビルと事務機・ラミネーターの専門店の
GMPビルの2つが建っています。

現住所
1:釜山市時代:釜山市中央洞2街5
2:直轄市時代:釜山直轄市中区中央洞3街46
3:広域市時代:釜山広域市中区中央洞3街86
4:2007/4/5以後:釜山広域市中区海関路44

(2009/03撮影)


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