大韓帝国 純宗の地方巡幸 釜山 韓国 fSvjXcAa9J3OA
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大韓帝国 純宗の地方巡幸

明治42年(1909)1月 大韓帝国の純宗は 王として始めて地方を巡りました。 大韓帝国 純宗の地方巡啓

漢城(ソウル)の 南大門停車場を出て大田、
大邱、清道、釜山を経由して、 馬山までの
往復の7日の鉄道旅行です。

帰りは馬山を出て三浪津から分岐して大邱、
南大門停車場まで 慣れない場所、多くの地方
役人や経済人と出会う大旅行です。
統監の伊藤博文が同行していました。

写真はお召しの貴賓車の内部
リストを作りながら偉い人の旅は大変だっただろうと思いました。

データは大韓帝国内閣法制局官報課が発表した宮廷録事(隆熙三年一月二十六日)から

大韓帝国 純宗の地方巡啓 宮廷録事では宿泊場所は行在所としか
記録にないですが、実際に泊まった理事庁
を併記してあります。

釜山と馬山での純宗の御食事は幸町の 西洋
料理店のミカド
の店主の和田奈良作が作った
ようです。それ以外の場所の御食事は 調査中

写真は釜山の繁華街 長手通りでの歓迎風景

日露戦争で革命軍に武器援助して勝利に貢献し、後に大将になり、台湾総督にもなった
明石元二郎が憲兵隊長?とは変だと思って調べると明治40-41年は朝鮮駐剳憲兵隊長で
明治43年6/15から朝鮮駐剳憲兵司令官でした。

日本の官職は頭に日本国がつきます。ロシアは俄国、付いていないのは韓国です。

隆熙3年1月7日(明治42年=1909)

午前8時 南大門停車場休憩室で陛見 統監公爵伊藤博文

午前9時55分 成歡停車場 御車内で辞陛

警視総監 若林 賚藏、京畿観察使 金思黙、日本国憲兵隊長 明石元二郎

午前11時50分 大田停車場で召見

懷德郡守 具周鉉、他55人

午後3時50分 大邱停車場で陛見

大邱控訴院長判事 土井庸太郞、同 検事長 黒川穰、 慶尚北道観察使 朴重陽  大邱地方裁判所長判事 鳥山虎也太、同 検事長 吉田雄六郞、 大邱財務監督局長 川上 常郞 控訴院判事 松下 直美 同 検事 大村 大代 慶州郡守 李 琦 大邱郡守 梁 弘 默 慶尚北道警察部長警視 湯淺 秀富 控訴院判事 前澤 成美 同 判事 井浦 義久 慶尚北道書記官 竹内卷太郞 大邱地方裁判所判事 中村 敬直 同 判事 森浦 熊藏 同 判事 田中 芳春 控訴院判事 金 應 俊 大邱財務監督局事務官 石川 鈴輔 同 同 秦 秀作 控訴院書記長 諸橋 一義 大邱地方裁判所判事 五味 逸牛 同 判事 齊藤庄三郞 同 判事 齊藤宗四郞 同 判事 呉 容 默 同 検事 洪 淳 容 慶尚北道事務官 徐 相 奎 大邱財務署長財務官 閔 再 鎬 勸業模範場出張所技師 戸來秀太郞 控訴院繙譯官 膝付 益吉 大邱警察署警視 朴 準 孝 大邱地方裁判所判事 羅 瑨 安東郡守 宋 憲 冕 慈仁郡守 秦 永 濂

日本国陸軍少將 恒吉 忠道 同 歩兵大佐 菊地 主殿 同 理事廳理事官 久水 三郞 同 理事廳副理事官 岡本 正夫 同 陸軍歩兵少佐 井澤 岩平 同 少佐 林 中祐 同 三等軍医正 富田 格 同 歩兵大尉 土方 淸 同 同 大尉 保田 桶三 同 憲兵大尉 小澤 壽 同 一等主計 中屋 英馬 同 歩兵中尉 中牟田辰六 同 同 岡村 翁輔 同 同 磯部 壽熊 同 同 小河 京吾 同 同 阿南 直 同 同 田實 秀夫 同 同 泉 英 同 二等軍医 田井儀太郞 同 三等主計 松浦 茂作 同 三等主計 遠藤豊三郞 大邱日本人居留民団長 渡邊 村男

歓迎會 達城館(大邱)

陛下は行在所(観察使官舎)で御宿泊、統監は大邱理事庁官舎で宿泊

隆熙3年1月8日(明治42年=1909)
午前10時2分 清道停車場で召接
淸道郡守 崔鉉達 地方委員以下23人

正午 行在所(釜山理事庁)で陛見

日本国海軍少將 宮岡直記 日本国海軍少佐 鈴木 氏正 慶尚南道観察使 黄鐵 東萊府尹 金 彰 漢 理事廳理事官 亀山 理平太 同 副理事官 橋本寬 同 副理事官 高瀨 經德 同 副理事官 小笠原金三郞 統監府技師 木下 重松 同 通譯官 高雄 謙三 同 技師 林 駒生 同 技手 伊東淸七郞 同 技師 遠藤善十郞 同 技師 大塚楳三郞 同 技師 福井 薰 同 技師 山口龍之助 同 事務官 兒玉 直治 日本国陸軍歩兵中尉 長岡 正雄 釜山居留民団民長 石原 半右衛門 釜山商業会議所会頭 迫間 房太郞 釜山支金庫出納役 野口 弘毅 釜山税關長 山岡義五郞 税關鑑定官 西川麻五郞 税關港務官 木下 重松 税關港務医官 犬塚定次郞

日本国海軍中將 男爵 出羽 重遠(第2艦隊司令官) 同 大佐 松村 龍雄 (第2艦隊参謀長) 同 海軍中佐 野村房次郞 (第2艦隊参謀) 同 大尉 枝原百合一 同 中佐 吉田 辰男 同 機關大佐 津久井平八 同 海軍大佐 久保田彦七(吾妻艦長) 日本国海軍中佐 村松亥四松? 同 中佐 平野伊三郞? 同 軍医少監 武田 三郞 同 主計少監 漆山 吉也 同 海軍少佐 三原貞次郞 同 海軍中佐 堀内權三郞(八重山艦長) 同 少佐 福島熊太郞 同 海軍大佐 広瀬勝比古(筑波艦長) 同 機關中佐 水谷千萬吉 同 海軍中佐 加藤 寬治 同 主計中監 村田鏗之助 同 軍医中監 平野 勇 同 海軍少佐 富士川一吾 同 少佐 中桐啓大一 同 少佐 志賀已之治 同 海軍大佐 中野 直枝(秋津洲艦長) 同 少佐 磯部 忠次 同 機關少佐 市原 琢磨 同 海軍中佐 下村亮太郞(11駆逐隊司令) 同 中佐 有馬 純位 (14・15艇隊司令) 同 少佐 庄野 義雄(12艇隊司令)

午後4時 東萊府 行在所で召見
地方父老 7人 縉紳 4人 烈女 2人

午後5時 歓迎會 守谷旅館(釜山) 

行在所(釜山理事庁)で御宿泊

隆熙3年1月9日(明治42年=1909)
午前10時正午 行在所(釜山理事庁)で陛見
統監府技師 鶉尾 謹親 統監府技師 安田恕三郞 同 事務官 松岡 廣之 同 同 岡部 国平 同 技師 水木 常信 同 事務官 大内 要 同 技師 小倉 亨 同 岩崎 眞雄 日本国陸軍工兵少佐 千葉悌三郞 同 輜重兵少佐 寺田 武 同 歩兵大尉 矢野忠之助 同 中尉 秋山小太郞 同 大尉 西原 矩彦 同 憲兵中尉 鹽谷爲次郞 同 一等軍医 佐分利良民 釜山區裁判所判事 長谷川八二郞 同 検事 氏野德太郞 同 判事 川崎 爲三 内部技師 淺見 忠次 統監府通信事務官 志賀良三郞 釜山警察署警視 渡邊 素夫 鐵道院主事 仲神佐太郞 釜山居留民団助役 粟屋 端一 同 立商業学校長 橋本 基一 同 立高等女学校長 高橋 恕 同 立商業学校敎諭 森本 重樹 同 立高等女学校敎諭 置鹽 隆親 釜山汽船株式会社長 大池 忠助 釜山商業会議所副会頭 五島 甚吉 本派本願寺別院布教師 井上 香憲 税關監視官 吉村直二郞
第二艦隊旗艦吾妻で午餐會、艦内巡覽

午後2時 日本軍艦吾妻を還御、歴路の日本商品陳列館を 巡覽

午後3時30分 行在所(釜山理事庁)で陛見

日本国海軍中將 男爵 出羽 重遠 同 大佐 松村 龍雄 同 中佐 野村房次郞

行在所(釜山理事庁)で御宿泊

隆熙3年1月10日(明治42年=1909)
午前8時40分 行在所(釜山理事庁)で召見 八十歳以上 父老 10人 婦人 8人

午前10時5分 三浪津停車場 御車内で陛見 馬山浦 日本国理事官三增久米吉

辭 陛  東萊府尹 金彰漢

正午 第一艦隊旗艦香取で午餐會、艦内巡覽、艦隊運動観覧

行在所(馬山理事庁)で陛見

日本国海軍少將 宮岡 直記(鎮海防備隊司令官) 同 少佐 鈴木 氏正 同 大尉 權藤 曻策 同 大軍医 坂崎 義雄 同 機關大医 三木貞治郞 同 大主計 木下 国明 同 兵曹長 中島 末吉 同 陸軍砲兵大佐 松丸松三郞 同 歩兵大佐 菊池 主殿 同 砲兵中佐 和田 新藏 同 憲兵大尉 本間 巽 日本国陸軍砲兵大尉 大熊 松彦 同 騎兵大尉 山崎忠次郞 同 大尉 中島 秀雄 同 中尉 山崎 正忠 同 歩兵中尉 阿南 直 同 騎兵中尉 奧田 芳記 理事廳理事官 三增久米吉 同 副理事官 和田 四郞 馬山區裁判所裁判長 鈴木伍三郞 同 検事長 關口 半 同 判事 大友 歌次 同 判事 金 鍾 健 道警視 壹岐 寬 馬山警察署警視 道野 能邇 馬山居留民団民長 前田 榮一 馬山居留民団民会議長 宮原 兼行 馬山商業会議所会頭 西川太郞一 三千浦日本人会長 大野 育二 同 副会長 三田村房郞 統營日本人会長 瀨戸口李彦 從四位勳五等 田中 遜 馬山税關支署長 石井 彦三 俄国領事事務代辦 

日本国海軍中將 男爵 伊集院五郞(第1艦隊司令官) 同 海軍中將 山田 彦八(第1艦隊司令官) 同 海軍大佐 財部 彪 (1艦隊参謀長) 同 海軍大佐 大城源三郞(香取艦長) 同 海軍大佐 廣瀨勝比吉(筑波艦長) 同 海軍大佐 黒井悌次郞(敷島艦長) 同 海軍大佐 竹下 勇 (春日艦長) 同 海軍大佐 江口 麟六(生駒艦長) 日本国海軍大佐 山田猶之助(日進艦長) 同 海軍機關大佐 市川淸次郞 同 海軍機關大佐 秀島 熊六 同 海軍軍医大監 武田 正守 同 海軍中佐 保坂彦太郞 同 海軍中佐 片岡榮太郞(香取副長) 同 海軍中佐 香月 輝彦 同 海軍中佐 荒西鏡次郞 同 海軍中佐 堀内 三郞 同 海軍中佐 堀田弟四郞 同 海軍中佐 健和田專太郞 同 海軍中佐 三村錦三郞 同 海軍中佐 和田幸次郞 同 海軍機關中佐 永山鐵太郞 同 海軍機關中佐 江連磋磨橘(香取機関長) 同 海軍機關中佐 平井 正慶 同 海軍機關中佐 岡崎 貞伍 同 海軍軍医中監 根來 祐春 同 海軍軍医中監 平野 勇 同 海軍軍医中監 橫地 君人 同 海軍軍医中監 門倉梅三郞 同 海軍主計中監 村田鏗之助 同 海軍主計中監 桑島 敬直 同 海軍主計中監 宇野三五郞 同 海軍主計中監 遠藤 和平 同 海軍少佐 牟田龜太郞 同 海軍少佐 吉村 信成 同 海軍少佐 富士川一吾 同 海軍少佐 中桐 啓太 同 海軍少佐 志賀已之治 同 海軍少佐 市村忠次郞 日本国海軍少佐 中川 寬 同 海軍少佐 長澤直太郞 同 海軍少佐 替地初太郞 同 海軍少佐 鈴木 豊吉 同 海軍少佐 八戸三輪次郞 同 海軍少佐 海老原啓一 同 海軍軍医少監 山本 英忠 同 海軍軍医少監 岡部輔治郞 同 海軍主計少監 寺戸關次郞 同 海軍主計少監 小川 濟雄 同 海軍大尉 田口 剌戟 同 海軍少尉 公爵 島津 忠重

午後3時10分 行在所(馬山理事庁)で陛見
慶尚南道観察使 黄 鐵 同 書記官 田結鉚三郞 昌原府尹 申 錫 麟 晉州郡守 柳 成 烈 密陽郡守 朴 晶 奎 固城郡守 尹 命 殷 泗川郡守 河 正 龍 巨濟郡守 李 在 性 鎭南郡守 高 羲 駿 宜寧郡守 李 啓 弼 昌原郡守 朴 尚 鎰 靈山郡守 李 瓚 永 草溪郡守 甘 麒 鉉 機張郡守 具 然 浩 鬱島郡守 沈能益 彦陽郡守 朴茂永 梁山郡守 李元鎬 昌原財務官 白喆鏞 父老 5人 特志者 3人 孝子 2人
午後5時 行在所(馬山理事庁)で辭陛 度支部大臣 任 善 準

午後6時 歓迎会 望月楼(馬山)

行在所(馬山理事庁)で御宿泊

隆熙3年1月11日(明治42年=1909)
午前10時30分 行在所(馬山理事庁)で陛見 法部大臣 高 永 喜 学部大臣 李載崑

正午 行在所(馬山理事庁)で召接 烈女 2人

午後4時40分 行在所(馬山理事庁)で召接 縉紳 3人

行在所(馬山理事庁)で御宿泊

隆熙3年1月12日(明治42年=1909)
午前8時 行在所(馬山理事庁)で陛見 馬山浦理事官 三增久米吉 同 夫人

午前8時35分 行在所(馬山停車場)で辭陛

日本第一艦隊司令部 海軍中將 男爵 伊集院五郞 司令官海軍中將 山田 彦八 艦長海軍大佐 黑井悌次郞 鎭海灣司令官海軍少將 宮岡 直記
午前10時 三浪津停車場 御車内で辭陛 昌原府尹 申 錫 麟

午後2時 行在所(観察使官舎)で陛見

慶尚北道観察使 朴 重 陽 尚州郡守 李 寅 用 慶州郡守 李 埼 永川郡守 李 寅 聲 高靈郡守 兪 鎭 瀅 河陽郡守 安 德 圭 知禮郡守 李 載 宅 義城郡守 廉 圭 桓 星州郡守 白 南 埈 比安郡守 權 重 萬 慈仁郡守 秦 永 濂 漆谷郡守 朴 海 齡 善山郡守 金 昌 洙 開寧郡守 鄭 在 学 淸道郡守 崔 鉉達 金山郡守 朴 一 陽 新寧郡守 李 鍾 国 安東郡守 宋 憲 冕 大邱區裁判所判事 朴 基 福 縉紳 十八人同日下午二時四十分 京畿観察使 金 思 默 慶尚北道観察使 朴 重 陽 全羅南道観察使 申 應 熙 全羅北道観察使 李 斗 璜 忠淸北道観察使 權 鳳 洙 忠淸南道観察使 崔 廷 德

召見 内部大臣宋秉畯 

午後3時 行在所(達城公園)で召見 地方父老 男女 826人

達城公園で植樹

陛下は行在所(観察使官舎)で御宿泊、統監は大邱理事庁官舎で宿泊

隆熙3年1月13日(明治42年=1909)
午前11時30分 大田停車場で陛見
忠淸北道観察使 權 鳳 洙 忠淸南道観察使 崔 廷 德 忠淸北道書記官 神谷 卓男 警視 今村 鞆 事務官 元 大 圭 淸州郡守 尹 泰 興 永同郡守 林 淵 相 沃川郡守 申 鉉 九 鎭川郡守 朴 初 陽 黄澗郡守 申 昌 休 文義郡守 呉 永 田 淸安郡守 權 丙 弼 淸州區裁判所判事 洪 祐 夔 忠淸南道観察道書記官 沼澤 七郞 公州郡守 權 泰 容 懷德郡守 具 周 鉉 恩津郡守 李 尚 萬 連山郡守 尹 斗 炳 魯城郡守 李 瓚 燕岐郡守署理 林 東 勳 忠淸南道観察道警視 吉永 助一 同 事務官 崔 麟 溶 公州郡財務監督支局長 矢鍋永三郞 淸州郡地方委員 陰 在 檍 懷德郡地方委員 尹 泳 淑 漢城府尹 張 憲 植 京城理事官 三浦彌五郞 太田居留民総代 工藤 勇次 陸軍歩兵大佐 生田 目新 同 少佐 石川楠次郞 陸軍憲兵少佐 水間 春明 陸軍歩兵大尉 河野鉎次郞 同 二神 義治 同 中尉 金本 康久 同 小原 遵路 同 南 幸三郞 陸軍二等主計 西 東 陸軍歩兵少尉 舞 傳男 同 上山利三郞 陸軍三等軍医正 佐藤総太郞 同 軍医 岩田 治

召見
忠淸南道懷德郡 縉紳 六人 同郡 父老 四百九十四人 燕岐郡 父老 二十二人 公州郡 父老 四十七人 鎭岑郡 父老 十人 忠淸北道淸州郡 縉紳 七人 父老 九十人 永同郡 縉紳 二人 同 父老 一百二十一人 沃川郡 烈女 一人 同 父老 一百八十六人 黄澗郡 烈女 二人 同 孝子 三人 同 善行者 二人 同 父老 四十四人 文義郡 縉紳 三人 同 孝子 五人 同 父老 二十五人

午後1時50分 成歡停車場 御車内で陛見
德壽宮 勅使 承寧府侍從長 金 春 熙 完興君 李 載 冕 完順君 李 載 完 永宣君 李 埈 鎔 表勳院総裁 李 載 克 警視総監 若林 賚藏 日本憲兵隊長 明石元二郞
午後3時40分 南大門停車場休憩室で辭陛 統監公爵伊藤博文


隆熙3年1月27日(明治42年=1909) からは北朝鮮地方を回るため再度出発です。

漢城(ソウル)の 南大門停車場を出て平壌、 新義州を経由して義州で折り返し
定州、平壌、黄州、開城を出て2月3日に御帰還される往復の7日の鉄道旅行です。


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