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東洋拓殖株式会社釜山支店
釜山近代歴史館

明治41年3月の第24回帝国議会で朝鮮の農地開発に低利の融資を行う拓殖法が議決されて、
8月に公布されました。
これによって朝鮮拓殖株式会社ができ、京城に本社を置きました。

明治43年に馬山に出張所を置き、大正9年 支店に昇格
釜山近代歴史館

大正10年 支店を釜山府栄町に移転
昭和4年 釜山府大廳町2丁目に東洋拓殖
釜山支店の建物が出来ました。

歴代支店長
1.笠井健太郎
2.西島新蔵
3.都渡千三郎
4.大和田真治
5.小掠長吾
6.加藤俊平
7.吉岡義三郎
8.桃原義太
9.笠井淳
10.望月伸
11.佐藤實
?.森脇信夫(1942)
写真は新釜山大観(昭和9年)より:果川市の太虚さま提供
釜山近代歴史館

東洋拓殖釜山支店として建てられた建物は
現在 釜山市の近代歴史館になっています。

この博物館は日本統治時代から朝鮮戦争
終了までの 近代史資料が展示してあります。

私は近代史が好きなので、大庁路を通る時は
毎回 立ち寄る事にしています。
同じ資料を見ても新しい発見が、ある事が多く
興味深いものです。

内部の撮影は禁止されているので残念ですが
紹介写真はありません。

(2008/08撮影)

釜山近代歴史館 展示内容は釜山近代歴史館公式ページ を
参照してください

米国との戦争に負けた日本は総帰国することに
なり 残された建物は米軍に接収されました。

その後米国海外広報所の釜山文化院になり、
米国領事館をへて、1999年に韓国政府に
引渡され、 2003年に釜山近代博物館 として
内部が公開されました。
釜山近代歴史館

釜山近代歴史館ができて1周年記念行事として
特別展が2004/12/7-2005/3/6までありました。

題して「広告で見る近代の日常と文化」

記念にポスターを貰って来ました。

大坂の薬剤メーカーが胃腸薬を売るために
韓服の美女を使って宣伝につかったポスター
の複製を特別展示会のポスターで使ったものです。

ハングルを使い韓服美女とで朝鮮文化を
取り入れたことでメーカの姿勢が分かります。

特別展の中にあった 朴敬元の後輩の女性飛行士
「李貞喜」が化粧品の宣伝で飛行機をバックに新聞に
載った広告を 見つめていました。


博物館とは関係なく 似たような趣旨で作った戦前の
新聞広告
をご覧下さい
釜山近代歴史館

歴史館の中は撮影が禁止されていますが
2階の 昔の商店のイメージで作られた
休息場は記念撮影用になっています。

今回 いろいろとご説明をいただいた。
ボランティアの ご夫婦を撮りました。

簡単ではありますが 御礼申し上げます。



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