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井上馨

(いのうえ かおる:1836〜1915) 井上馨

明治9年(1876) 江華島事件の交渉で、元老院
議官の井上馨は特命副全権大使として仁川に
上陸し、 日朝修好条約を結んだことが最初の
朝鮮訪問です。

金玉均が起こしたクーデター (甲申事変)で
漢城(ソウル)在住の日本人に 多数の死者
出たので明治19年(1886)漢城条約が結ばれ
邦人保護の ための軍の駐留が認められました。
交渉の特派全権大使が井上馨です

明治27年(1894)10月26日 日清戦争が始まると
朝鮮 駐剳全権公使として赴任しました。

前任の大鳥圭介がクーデターで立てた 大院君
政権と合わなかった ようで、高宗を支持して政権を
戻しました。

政権を戻すのと援助、 日清戦争を有利に展開する
日本状勢を背景にすると強気で朝鮮政府を彼の
考える近代化の方向に 向けることが出来ると考えた
ようです。
日清戦争後の三国干渉でロシアが強いと感じた朝鮮政府は 井上馨の思う方向ではなくロシア より
になります。
失意の井上馨は朝鮮を去り三浦悟楼が 後任の朝鮮全権公使になりました。

「写真五十年史」国民タイムス社(大正4年発行)


天保6年11月28日:山口(周防)生まれ。
文久3年:1863.長州5傑として英国へ留学
元治元年:1864 7月 帰国 下関砲撃の後処理
明治 4年:1871. 
明治 6年:1873. 
明治 9年:1876.1/6日朝修好条約の特命副全権大使 、4/22理財視察で欧州差遣
明治10年:1877. (西南戦争)
明治11年:1878. 
明治12年:1879.外務卿
明治17年:1884.伯爵 12/4甲申事件の談判
明治18年:1885.第1次伊藤内閣の外相に就任
明治19年:1886. 特派全権大使として漢城条約を締結
明治21年:1888. 黒田清隆内閣の農商務大臣
明治23年:1890. 
明治25年:1892. 第2次伊藤内閣の内務大臣
明治27年:1894.10/26 朝鮮駐剳全権公使
明治28年:1895.8/26 免職
明治29年:1896. 
明治31年:1898.第3次伊藤内閣の大蔵大臣 
明治40年:1907.侯爵 
明治43年:1910. 
大正4年:1915. 没

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