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峨媚初等学校
(2010)
釜山市の西区峨媚洞2街の峨媚初等学校は
2008年から全面改装工事が行われました。完成した様子なので写真を撮る為 再訪し
ました。写真は新しくなった峨媚初等学校の正門です。
この学校の場所には戦前 総泉寺とういう
曹洞宗のお寺がありました。米国との戦争に敗れた日本人は米軍の出した
帰国命令で手荷物だけを持って帰国したのです。(2010/07撮影)
視点を左に移して峨媚初等学校の校庭に
向かう階段です。空いた寺は釜山師範学校併設中学校の校舎と
利用されました。釜山師範学校が東大新洞に移転後、総泉寺の
建物は撤去されて 新たに峨媚国民学校の校舎
が建設されました。(2010/07撮影)
正門から坂下を見た様子です。
戦前に組上げられた石垣は無くなり新しい
壁が出来ています。壁が後ろに下がった分歩道ができています。
1959年4月 峨媚公立国民学校として開校
1996年 峨媚初等学校と改名住所:釜山広域市西区峨媚洞2街89番地
(2010/07撮影)
西側に登って行く道路(玉川路)
正門は壁の終わった所です。戦前 この先に峨媚山共同墓地が あり、
甘川方面に抜ける峠を越える道でした。道幅が狭いので 大型車は通れないので、
マウルバスが 庶民の足になっています。(2010/07撮影)
三叉路から南方向です。
真直ぐ行くと天馬山の裾を廻って 松島
方面に行きます。
道路名は「日出路」(ヘドディキル)(2010/07撮影)
道路を渡って校庭を見ました。
山の斜面に並んで建っている住宅が峨媚洞の
特徴です。朝鮮戦争の難民が釜山に集まり、山の斜面に
住み始めたのが最初です。(2010/07撮影)
校舎の様子。
(2010/07撮影)
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